HIGURE17-15casのこと

―読者の方々に向けヒグレが普段やっている仕事の内容についてまずは教えてください。

有元(以下A):HIGURE17-15casという会社は、美術館で行われる展覧会や、ギャラリースペースで行われる展覧会の会場作りを全般として行なっています。また、ギャラリースペースも持っていて、展覧会を開催したりもしています。

会場施工については、展覧会ごとにキュレーターや作家が望む会場作りをしています。

展示台の制作や、壁を建てたり、ケース作り、サイン作りもします。そうした会場作りだけではなく、映像作品のプログラミングやセットアップもしますし、作家と一緒にインスタレーションを行うこともあります。展覧会の会場を作るということに関しては、何でもやっているんです。

設置では、美術作品を運搬している業者の方が行えないような、作家と一緒に行うものや、取り付けの難しいものを扱うことも多いですよ。コレクターさんのお宅に作品を設置することあれば、近年ではインスタレーション作品のマニュアル作りや、設置した作品の展示方法に関するドキュメント作りも行なっています。

―活動の範囲は日本全国でしょうか? 年間にどれくらいの仕事を受けているのですか?

A:日本全国、海外での案件もありますし、ベネチアビエンナーレに一緒に行って、現地の施工会社さんと一緒に会場作りをすることもあります。件数でいうと全国津々浦々年間600件くらいをこなしています。

―それは多いですね。

A:それくらいはありますね。美術館の展示も一件ですし、展示台の制作だけでも一件です。大小色々な注文があっての600件ですね。大きいところでは、今東京都現代美術館でやっている横尾忠則さんの「GENKYO横尾忠則」という展覧会だと、展覧会の構成案を作るところから施行までの全てをやっていたりします。美術館だとかギャラリーの他にも、個人のお客さんから頼まれて展示や保管に関わるものを作ることもありますし。

はじめのうちは会場で壁を建てるところからでしたが、次第に作家さんからこういう額装できませんかと頼まれたりするようになり一緒に制作のプランを練ったりしていて、その流れで作家さんと一緒に会場作りをやるようになって、そして、美術館や個人の方からの依頼も増えてきたという感じですね。

―そこまで至るまでに色々な経験を経てきたのだと思いますが、有元さんご自身はどうしてこういう仕事に就かれたのですか?

A: もともと絵を描くのが好きで、高校一年の時に画家になりたいと思い学校をやめました。ですが独りだと続かなくて、絵を描く学科がある高校に入り直したんですね。それで、自分の展覧会をやりたくて、資金稼ぎで高校時代ギャラリーのアルバイトとしてインストールのお手伝いをしたりしていたんです。自分の展示をやるなかで、空間を作るということがすごく面白いと気づき、空間と関わって場所を作り、人を招くようなことをしたいと思いはじめたんです。

 ギャラリーだと限られた空間のなかで作家が展示をできるように、作品自体を工夫することがありましたが、そうではなく作家の求める空間を作り、作家の作りたいものをそのまま作ってもらったらどうなるかと考えました。そのとき、壁の作り方だとかが分からず、以前紹介されていたHIGUREの前代表でもあった小沢さんに頼んで、現場に入り働きながら学び、展覧会を企画していったんです。

そういう経験を経て、自分の場所を持って展示を企画したいと考えて、アートの勉強と英語習得のためにニューヨークに行きました。そこでアートマーケットのことを勉強するために毎日オークションハウスに通って、様々なオークションを一通り見て、チェルシーのギャラリーでアルバイトなどさせてもらい、インストールの手伝いもしていました。帰国後にあるギャラリーで働いていたのですが、3ヶ月くらいでクビになり(笑)、それでもやはり空間を作る側にいたいなと思って、インストールを仕事にするという決意が固まったんです。それで、小沢さんが受けていた施工の仕事をフルタイムで一緒にやるようになりました。そんななかで作品の額装を相談されたのが僕にとっては大きいことでした。アクリルケースの中でユポ紙を浮いたように見せるにはどうしたら良いかという相談をされて、展示方法までを一緒に考えるという機会があって、作品そのものへインストーラーとして関わっていくということがあったのです。

そこから2008年前後からアジアでアートバブル的なことにもあって、ギャラリーが外注で僕らに仕事を依頼してくれることも増え、様々なギャラリーが独立して生まれるなか、色々なギャラリーと仕事させていただきました。ギャラリーや作家さんから頼まれる細かい仕事が多かったのですが、作家さんから美術館で展覧会をやるのでという相談が来たのがきっかけで、美術館の仕事を受ける機会が徐々に増えていったんです。

記録と保存について

―展示作業のドキュメント作りはどのようなきっかけではじめたのでしょうか?

僕がHIGURE を引き継ぐ前から小沢さんが現場の記録を撮っていたんです。僕は小沢さんに仕事を教えてもらいやっていましたが、その後に続くスタッフが入らず、ずっと2、3人で企画ごとにいろんな人を集めてこなしていたんですね。同じ作品を違う展覧会の会場で何度か展示することもあるわけですが、そのときに記録があると役に立つんですね。それから記録を残していくことで、僕よりも若い人たちがこういう仕事を始めたり、HIGUREに来たときも伝えていけるなと感じて、意識的に記録を取り続けているんです。そのおかげで東京都現代美術館で開催されたコレクション展(いつ?)では、他の業者さんの仕事も記録させてもらい、記録映像自体を展示することもできました。

さらに映像での記録だけではなくて文章でも残しておかないとより詳細が残らないと気づき、トータルでのマニュアル作りを行うになったんです。僕らはアーカイブ作りのスペシャリストというわけではないですが、色々な繋がりもあるので、役割を少し覆うになってきたのかなと感じていますね。設営業者ではありますが、作品への問い合わせ先のような役割も果たせるようになってきて、広がっていきました。

―そういう活動をしているところは日本では他にないですよね?

A:そうですね。僕たちの職種は少数派で、この先もきっと多数派にはならないので、どうやって繋げていくのかと考え、そこに関わっている人たちがお互いに利益になる形で残せればと思いました。

アーティストからすると再現度の高い状態で残せる方法であるし、僕らからすると実際に作業するときに手助けになりますし、キュレーターにとっては作品をフレームワークするときにも重要なものになっていく。そうしていると、そういうことに興味のあるスタッフたちも自然と集まってきたんです。映像作家とプロジェクターだとかの機材共有をやっているスタッフもいますし、今日同席している渡里さんも作品アーカイブを専門的に学んだ後に来てくれましたしね。

渡里(以下W):日本では現代アートをどう保存するかと言う研究や学べるところがあまりなかったのですが、ニューヨークの大学には作品をどう保存して記録するかということを教えるコースがあるんです。留学して色々なことを学んでリサーチを続けた後に帰国したのですが、日本だとHIGUREがあるよと教えてもらい、仕事をするようになったんです。

―渡里さんのように保存を専門にする方が入ってくることによって、また変わっていきましたか?

A:そうですね。僕らも現場の合間に自分たちで記録を書いていましたが、客観性はゼロでしたから。(笑) 

まとめかたというのは翻訳ツール的な役割があるので、客観的にどうしたらみやすいか、なぜそういう判断をしたのか、僕らにとっての普通が、キュレーターやアーティストにとっても普通なのかはわからなかったのですが、渡里さんが参加してくれて、どう残すべきなのかという視点が生まれ、ドキュメントは飛躍的にわかりやすくなりました。

映像メディアの保存について

―映像作品の保存についてもリサーチ等をやっていますよね?

A:はい。修理の依頼があった作品の不具合の原因を調べていたことがきっかけで、ディスクメディアの耐久性やコンディションも研究するようになったんです。最近だとコレクターさんや美術館からも収蔵している作品のコンディションチェックを依頼して欲しいという話もあります。

実際映像メディアは普通に保存しておくだけでもエラーが出て損失し、再生できなくなります。DVDディスクにデータが収められた作品って、作家自身が書き出すのがほとんどだと思いますが、例えば、急いで書き出し、どこのDVDかもわからないまま納品しましたとなると、何年後かにはデータがなくなっている可能性があります。書き出しはディスクの表面に傷をつけているということになるので、ディスクと書き出す用のドライブの相性もありますし、情報のパターンが傷の深さによってデータになっていますから、その傷が広がるということも起きますし、室温が管理されている美術館であっても手で持つと場合によっては損失します。そういうことはまだまだ知られていないですし、美術館の人でも知らなかったりしますね。

―映像作品の存在感はますます高まるなか、必要な知識になってきますね。その他に、フィルムなど古いメディアも扱っているのですか?

A:そうですね。古いメディアのものをデジタル化することもありますし、それがDVD 、USBに入る場合、長期保管するのに何が良いかを提案したりもします。

コンディションチェックの依頼といっても、映像メディアだけでなく、絵画、彫刻など様々なものが混ざりあったような作品を頼まれるようになって、修復家と一緒に協力してコンディションをみたり、修復自体をやることもあるんです。他に誰もやるひとがいない、複雑に機材が絡んだ作品とか結構大変なのですが(笑)。

家庭での作品展示や保管について、コレクターができること

―実際に家で作品を展示していたり、作品を保管している人に対してアドバイスはありますか?

A:室内に作品を展示するなら、まずはガラス面にUVシートを貼るとか、紫外線カットはしてくださいね、ということは大事ですかね。

―油絵具は太陽に当てても問題はないという人と、いやいやそれはよくないよという人が、作り手でも分かれる印象なのですが、そこら辺は所蔵者はどう判断するといいでしょうか?

A:それは作品をどうやって楽しむかとの兼ね合いで、難しい話ですよね。日常の中に無理せずにそこにあることが自分にとっての距離感だとしたらそれが正しいと思うし、価値という物差しで測ってしまったときに、日に当てない方が価値を下げづらいというのはあるとは思いますが、すごく気に入って身近においておきたいと思う作品への付き合い方によって変わってくるところが大きいですよね。

―そうですね。実際、UVシートはどの程度有効なのですか?

A:UVシートを貼るのは紫外線による劣化を防ぐということでしかなくて、熱や赤外線の劣化を防ぐことはできないんです。結局空気に触れている時点で酸化は起こっているはずなので、それをどれだけ抑制して、状態をキープしようとするのかということだと思いますね。極端に言うと光は電磁波なので、日光が回っている空間や照明を当てている空間であれば、直射日光が当たってなくてもなんらかの影響は受けています。

―なるほど。外光を含めほとんど光の入らない場所を作るというのはひとつの方法ですね。

A:それは保管、保存、長期的に状態を変えないようにしたいという意味ではポジティブです。それくらい大事に愛でるという向き合い方でしたらそれが正しいと思います。前提として、環境の変化が大きいということは何一つ良いことではないので、中と外の温度差もなるべく作らず、環境が安定している方が良いです。美術館の収蔵庫はそういう前提で作られています。変化が大きければ歪みが生まれることもありますし、写真、特にフォトマウントしたものはとても影響を受けますよね。マウントした写真は縮むし、接着剤の劣化で黄ばんでしまうので、気にかけた方が良いですね。

―一般家庭にあるようなスポットライトも作品に直接当てない方が良いでしょうか?

A:直接光を当てると影響を受けてしまうと思いますが、そこまで極端に気にかけるのもどうですかね。鑑賞することが目的であれば、それに適した光を当てるべきだし、僕らは一番良い環境で作品が観られることがいいと思います。光を当てる時には作品が持っている色合いや特徴がより良く出てくる照明が良いですし、光にも様々な選択肢があります。どこが納得するポイントになるかというのもありますが、スポットを当てようと思うのなら、作品自身の能力や表現力を最大限に生かすために、作品によって色の再現性が高い光を選ぶことが重要かなと思います。

―なるほど。では、家で作品を保管しておくときに気をつけるべきことはありますか? なるべく環境差が少ない場所であるべきということは先ほど挙がりましたが、日本は湿度が高いと言われるなか、カビ等はどう気をつけるべきでしょうか。

A:高温多湿であれば菌は繁殖しやすいですから、除湿機を置くこともひとつの手ですかね。部屋全体を除湿し続けるのはそれだけで大変ですが(笑)。環境変化に強い状態を家で作れずに不安であれば、作品を入れる箱自体を調湿機能のあるものを作ることをお勧めします。目張りして密封して、除湿剤入れて安定させてあげる工夫もできますよね。市販で買えるもので良いので調湿剤を入れたり、開け閉めを行うときは湿度が高い環境をなるべく避けるなど、厳密に言うとツッコミどころはありますが、家庭での最低限のケアということで。

  美術館でも基本的な考え方は同じで、展示ケースや保存箱に作品を入れるときも、閉めるときに調湿剤を入れてから、なるべく環境が安定した状態になったところで閉めるのが理想です。

―こうしたことを手軽に知ることができる場所などあるのでしょうか?

A:どうでしょう? 僕も実地で修復家の人の話を聞いたり、額縁屋さんと仕事するなかで、得てきた情報や調べたこととかでしかないですが。

W:私は学芸員資格はとっていないのですが、修復のコースでは教わりますよ。保管と修復は学芸員の仕事に入りますが、学芸員が実際に手を下すというより修復家の人を手配することが多いはずですので、実践的な知識というのは、学芸員の人でもたくさんは持っていないのかもしれません。

保存科学とか修復学科などの専門的な知識は、写真や絵画などの比較的多く売買される対象作品に関して割と蓄積もあって、美術館で仕事をする人を対象として書籍はありますよね。ただ、コレクターなどの専門外の人に向けた書籍というのもあった方が良いなとは思います。

A:意外と取扱説明書みたいなものはないですからね。

W:美術館施設の規模でできることと、コレクターができることと違いがありますからね。

コレクター用フォーマット、コンディションチェックを考える

―ぜひその本作りたいですね。「アートクラブ」でなにか一緒に作れたら。ダウンロードとかできるようにして、みんなで知識を共有できたら良いですよね?

A:確かに、作ったら良いじゃないですか。個人コレクター用に自分でできることを纏めたフォーマットとか。それで自分で見る限りでも違うというのを見つけられれば、修復家に頼まなくても、ある程度はどうにかなるかもしれないですよね。なにか起こって相談するときには、コレクターさんも前見た時にはなかったと気がつくじゃないですか。

W:例えばですが、こういうコンディションチェックのレポート等もありますよ。これは写真のコンディションチェックをしたときのレポートで、NYUで修復の体験をする時に作ったものを日本語のフォーマットに変えています。こういうコンディションレポートのフォーマットがあれば、役割分担をして作業を進めていくこともできるのです。

A:欧米だとフォーマットがあったりしますが、日本はフォーマットの形式が統一されていないので、個々それぞれが持っていて、人や場所によって違うというのが現状です。

W:このフォーマットも使い勝手とかで更新しています。当初作ったのを使っているかというとそうではなくて、色々な修復家の方に触っていただいてやりやすい方向を探しています。

―これをギャラリーや所蔵者も含めてシェアできると良いですね。

A:そうですね。僕らもコレクターの方々がそういった管理や知識に長けていくことを望んでいる部分もあります。作品が残っていくためにはコンディションチェックの作業や修復家など、みんなの手が加わる必要があります。僕らが修復保存に関わっているのも、そもそもシステムが存在しておらず、自分たちがやるという選択をしていたので。みんなが保存や修復にも意識的でいる環境やシステムができれば、人材的にも色々なことをやる人の受け皿になるはずですよね。

―ギャラリーとしても、コレクションしていただいた作品に対して、必要な説明はできるだけ行った上でお渡ししていますが、一度お渡しした後については、どういう状態になっているか分からないこともあります。例えば、アーティストが美術館で展示を開催するために作品を借用したいという段になって、作品にカビが発生していたということが分かる、ということもありました。

A:コンディションレポートをつけて納品されることが義務化されれば、環境的にも皆さんが自分たちで追えなくなれば修復家に頼める、頼むようになると修復家の人も仕事が増える、という風になり、一局集中的ではなく、新しい若手が育っていく環境にもなると思いますね。

環境面で物言える人たちがもっと増えるにはどうしたら良いのかを考えると、そういうことかなと思います。コレクターの方はコンディションチェックを知らないし、作家も例えばUSBカードに入れた作品を桐箱に納めてそれを納品する場合、電子機器を放電する対象の木の中に入れるのは、データが飛ぶという可能性があることを知らないわけですよ。こういう風にしないといけないんだ、とコレクター自身が知っていくと必要なことを求めていくこともできます。

これで年単位、もしくは何年に一度かでもコンディションチェックができれば良いと思います。貸し出しがあるようなものを持っていれば、貸す時にもレポートをつければ、返却時に被害や問題があったときにも解決しやすいですし。借りる側にも貸す側もメリットがあると思うので、良いと思います。

―コンディションチェックを広める活動、是非やりましょう。ありがとうございました。