石井孝之インタビュー

タカ・イシイギャラリーにて

―石井さんは1994年にTaka Ishii Galleryを設立され、今年でギャラリーは27年目を迎えました。Taka Ishii Galleryは写真を主軸にスタートしたギャラリーですが、これまで絵画やインスタレーション、陶作品など幅広く取り扱っていらっしゃいますね。

石井(以下I):現代美術のギャラリーなので、なんでもありで幅広いですよね。デジタルの作家はこれまで紹介したことがないですが、今後は見せるかもしれないですね。私たちってずっとデジタルの中にいるじゃないですか。四六時中携帯やパソコンを見ているし、車に乗ったらカーナビ。ただ、アート作品までデジタルってなるとどうなのかなという思いがある。私はやっぱりモノが好きです。でも若い世代はもう関係ないのかもしれないですね。今度NYにNFT作品専門の美術館もできるというし、普通のコマーシャルギャラリーでも近い将来、NFTの作品が普通に並ぶようになると思いますよ。

―ギャラリーで取り扱い作品を選ぶうえでの基準はありますか?

I:自分の目で見て作家と話して実際見てやっていけるかどうか、長く付き合っていけるかどうかですね。人と人との付き合いになってくるので。ただ、基準と言えるかわからないけど写真に関してはストレートフォトが好きで、作り込まれた写真はやってないですかね。

―ストレートフォトならではの魅力があるのでしょうか。

I:そうですね。シャッターを押した瞬間が焼き付いて写真になるって一番難しく究極だと思うんですよね。今はなんでも作れる時代だけど、撮った瞬間が作品になる魅力がある。それって突き詰めると、撮影者の人間性や生活の表れそのものだったりするので、それが見えるのが面白いです。

時代のうねりの中で

―27年前と現在で、国内外のアートシーンはどのように変わったと思いますか?

I:相当変わりましたよね。まずは、アートマーケットの大きさがまったく違います。1990年代頭は、特に日本では現代美術のマーケットはそんなに大きくなくて、現代美術のコマーシャルギャラリーも少なかったんです。欧米の現代美術の作家と日本の作家の作品を並行して見せていくギャラリーは今では珍しくないですが、当時は佐谷画廊、フジテレビギャラリーなど数えるほどだった。

―今とはかけ離れた状況ですね

I:そうですね。コマーシャルギャラリー自体の認知度が低かったのでお客さんは全然来ないし、それはそれは大変だったんですけど、なんとかして運営していかなければいけない。じゃあ海外のアートフェアに行って、日本の作家を海外のコレクターや関係者に見せようと動き始めたのが90年代半ばでした。それから徐々に海外のコレクターたちが問い合わせてくれるようになり、やっとギャラリストとして生活できる状況になりました。

―当時は今ほどインターネットも普及していなかったですよね。海外のコレクターや関係者とのやりとりも難しかったのではないでしょうか。

I:昔はFAXと電話でやりとりをしていました。FAXで時間をかけて相手に作品画像を送って、朝オフィスに着くと海外からのFAX用紙がだーっと床に付くくらいの長さで届いていて、その紙をカットして、全部の用件に目を通すのが朝の最初の仕事でした。今はとにかくスピードが命ですが、昔の少し不便な、連絡を待っている時間も良かったですけどね。余裕があるというか。先日、NYのメトロピクチャーズが廃業しましたが、昔と今のコマーシャルギャラリーのあり方にギャップと矛盾を感じて辞めていく人もいますね。

―メトロピクチャーズは40年の歴史に幕を閉じたということで大きな反響がありましたね。最近はアートマーケットが全世界的に盛り上がり国内でも「アートバブル」と言われて久しいですが、石井さん自身は27年間にそうしたアート界のうねりは度々感じてきましたか?

I:これまでにも80年代のバブル、リーマンショック、ITバブルに伴うアートバブルなどいくつか波はありましたよね。その波がだんだんと大きくなっていく感覚はあります。波は押し寄せて引いていき、状況が上がり続けることはないと思うので、ぐっと下がる手前なのかもしれないですね。

-石井さんはバブル自体をどのように見ていますか?

I:そうですね……私やギャラリー自体はバブルに近いところにはいないですね。バブルに乗らないというか、乗る必要がないというか。もちろん作品が売れるのは嬉しいですけど、誰にでも作品を売るわけではありません。作品はただのモノ・商品ではなく、それ以上の力がアートにはありますから相手を選びたい。作品を投機的に見る側面は昔から一部であるので、ある程度は仕方ないのだけれど、そればかりだとつまらないですよね。

アートを日常化させるために

-さきほど、今のアート界は「スピードが命」という話がありましたが、コロナ禍でそのスピードも少しゆるやかになったのではないでしょうか? コロナ禍は人々や経済に甚大な被害をもたらしていますが、そのいっぽうでアート業界では国際展やアートフェアなどがいったんストップして冷静になるのは良かったという声も各所から聞こえました。

I:そう思います。コロナ禍の前は1年のうち海外に140日くらい滞在していて、フェアや国際展、作家の美術館の展覧会に参加してずっと慌ただしく過ごしていましたね。フェアも年間9つくらいに参加していて、今になって、あれはなんだったんだろう?と思います。十数年そんな働き方を続けていて、立ち止まれてよかったです。作家もフェアのために作品を作って、ギャラリーもそれをバックアップし、フェアを中心にすべてが動いてるような……。ちょっと肥大化しすぎちゃったんじゃないですかね。どこもかしこもフェアや国際展で、全部に行ってたら大変です。アート・バーゼルはバーゼル、マイアミ、香港、フリーズもロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスと3つずつあり、2022年には韓国でも開催されますから。

-それ以外にも国内外で大小様々なアートフェアがありますね。いつからこんなにアートフェアが増えているのでしょうか?

I:急激に増えたのはここ10年くらいではないでしょうか。作品がほしかったらギャラリーに来るのではなく、手っ取り早くフェアに行くような流れができあがってしまってるんですよね。みんなバーっとフェアに行って、そこにあるものをわーっと買う。それはいいのだけど、日本のコレクターにはまずは日本のマーケットを大切に、予習をして考えて作品を買うことをおすすめしたいです。日本にはじつはいい作家がたくさんいて、作品を自分の目で見て気に入って、応援するみたいな方法が健全なのではないかと最近思います。それで「アートクラブ」を立ち上げたんです。

-アートクラブは「アートを日常化させる」をテーマのひとつに、作品リース、教育プログラムなどを受講できる予定のオンラインサロンだそうですね。Taka Ishii Gallery、そしてYutaka Kikutake Galleryで取り扱う実際に借りて部屋で飾れるのは、アートを知る入り口としても魅力的だと思います。

I:そうですね。今流行っているからとか、オークションで高値だからとか、みんなが買っているからいいものだとか、ブランド物みたいな感覚で作品を見るのはわかる。でもそれだけじゃないんですよね。本当の作品の力を知ってもらうことがアートクラブの目標だと思います。オリジナルのアート作品が部屋に一点あると部屋の雰囲気も変わるしコミュニケーションツールにもなるし、どんどん広がりが生まれます。

-実際にどのようなアーティストの作品を借りることができるのでしょうか?

I:クサナギシンペイ、法貴信也、村瀬恭子、山元彩香、吉野英理香らです。クサナギさんは透明感のある色彩の風景画、法貴さんは抽象画の独創的な線とフォルム、村瀬さんは水の流れや風を想起させる豊かな絵画の色彩、山元さんは女性たちの無意識の姿をとらえたポートレイト、吉野さんは蓄積された時間や記憶、経験が深みをもって凝縮された写真作品など、それぞれに魅力があります。クサナギさんの作品は自宅にも飾っていたことがありますが、各作家はバックグラウンドがしっかりしていて間違いないのでおすすめです。アートクラブでは作品を借りるだけではなくて、もう少し深く追求してみたいなという人がいたら教育プログラムで学んでいくことができる。本格的にコレクションを始めるきっかけになったら嬉しいですね。

-アートクラブのその他のプログラムや構想はありますか?

I:実際に受講者が集まって作品を美術館に収めるということもしてみたいですね。フランスのポンピドゥー・センターには、友の会(国立近代美術館友の会、le Societe des amis du Musee national d`art modern)といって、美術が好きな友の会メンバーが共同で作品を購入し、ポンピドゥーに収める仕組みがあるそうです。アートクラブでもそういうことができたらいいなと思いますね。

-自分が、お金を少しでも出して購入した作品が美術館の中に長い間残っていく。買うだけ、見るだけではない可能性がありますね。

I:そう、それで美術館の中にずっと残っていくんですよね。美術館に行って、子どもや友人に連れてこの一部を払ったみたいな、自慢できます(笑)。美術館への作品寄贈は税制の関係で日本ではなかなか難しいけど、今後変わっていくといいと思いますね。アートクラブでは作品寄贈を含め新たな試みを構想していますのでどうぞご期待ください。